和歌山の人と話していて、「それ、もう買うちゃあるで」と言われて一瞬止まった経験はないでしょうか。意味を聞き返すほどではないけれど、「買っちゃった(買ってしまった)」なのか「買ってある」なのか、判断がつかない。あの一瞬の気まずさが、この言葉の正体です。
検索しても「しちゃある=している」と一行だけ出てきて終わり、というのもよくあります。ところが実際には、「しちゃある」は和歌山県のどこでも同じように使われる言葉ではありません。御坊市より南の紀南では、ほとんど聞かれず「したある」に変わるとされています。
この記事では、しちゃあるの意味と例文、1字違いで意味がまるで変わる「しちゃる」との違い、紀北と紀南の地域差、そして「してある」からどう変化したのかという成り立ちまで、和歌山で使われている実感に沿って整理します。読み終えたあとは、聞き返さずに相づちが打てるようになります。
和歌山に35年いますが、「しちゃある」は意識して使っている言葉ではなく、気づかずに口から出ている類の方言です。だから県外の人に「今の、どういう意味?」と聞かれると、こちらが一瞬考え込みます。逆に言うと、観光で来た方が真似して使うと、わりと高確率で笑われます。悪い意味ではなく、距離が一段縮まる方の笑いです。

しちゃあるの意味は「〜している」|和歌山弁で状態が残っていることを表す
結論から言うと、「しちゃある」は標準語の「している」「してある」に当たる和歌山弁(紀州弁)です。動作そのものを指すのではなく、動作が終わったあとの状態が今も残っていることを表します。
たとえば「窓、開けちゃあるで」は「窓を開けてあるよ(開いた状態になっているよ)」。「もう来ちゃある」は「もう来ている」。いずれも、済んだ行為の結果が目の前に残っている場面で使われます。
文法用語で言えば結果態(結果の継続)に当たる表現で、国立国語研究所が長年続けてきた方言の形成過程解明のための全国方言調査のように、方言の文法形式は地域ごとに細かく分かれて分布することが知られています。「しちゃある」もその一つで、近畿方言に広く見られる「〜たある」系の言い方が和歌山で独自の形に落ち着いたものです。
標準語の「してある」との細かな違い
標準語の「してある」は、基本的に誰かが意図してそうした場合に使います。「貼ってある」「書いてある」のように、人の手が入った結果を指すのが普通です。
一方で和歌山の「〜ちゃある」は、そこがもっとゆるやかです。他動詞でも自動詞でも、人の意図が関係しない自然な出来事でも使えるのが特徴とされます。「雨、降っちゃある」「花、咲いちゃある」のように、標準語なら「降っている」「咲いている」と言う場面でも成立します。この幅の広さが、県外の人が戸惑う一番の理由です。
聞こえ方は「しちゃーる」「しちゃら」にもなる
話し言葉では母音が伸びたり縮んだりして、「しちゃーる」「しちゃーらよ」「しちゃらぁ」などさまざまに聞こえます。文字で書くと別の言葉のようですが、同じ表現のゆれです。
加えて和歌山弁には、ザ行がダ行・ラ行と混ざりやすいという音の癖があります。語尾がはっきり立ち上がらないぶん、耳で拾おうとすると難易度が上がるので、文字で形を覚えておくほうが早く慣れます。
しちゃあるの使い方|和歌山弁の例文で覚える
意味を知っても、実際の会話で出てくる形は限られています。よく耳にするパターンを並べておくと一気に聞き取りやすくなります。下の表は、和歌山で日常的に交わされる言い方を標準語に置き換えたものです。
| 和歌山弁 | 標準語の意味 | 使われる場面 |
|---|---|---|
| もう置いちゃあるで | もう置いてあるよ | 頼まれた物を準備し終えたとき |
| 窓、開けちゃあるん? | 窓は開けてあるの? | 状態を確認するとき |
| 兄ちゃん、もう帰っちゃある | 兄はもう帰っている | 人の所在を伝えるとき |
| 電気、つけちゃあるよ | 電気はつけてあるよ | 家の中での声かけ |
| 名前、書いちゃあるか見ちゃって | 名前が書いてあるか見てね | 子どもへの声かけ |
| そこ、もう掃除しちゃあるら | そこはもう掃除してあるでしょ | 念押し・軽い主張 |
並べてみると分かるとおり、動詞のあとに「ちゃある」を足すだけで成立します。「置く→置いちゃある」「開ける→開けちゃある」「帰る→帰っちゃある」と、促音や撥音の形は標準語の「〜て」の形に準じます。
語尾の「ら」「で」と組み合わせるのが自然
和歌山弁は語尾に「〜ら」「〜で」「〜やんか」が付きやすく、しちゃあるも単独より組み合わせで出てきます。「〜ら」は確認や軽い同意を求める響きで、「もう行っちゃあるら?」は「もう行ってるでしょ?」に近いニュアンスです。
観光で来た方が真似するなら、「〜しちゃあるで」がいちばん使いやすい形です。報告する調子になるので、場面を選ばず通じます。

「しちゃある」と「しちゃる」の違い|1字違いで「してあげる」になる
ここが最大の落とし穴です。「しちゃある」=している・してある、「しちゃる」=してあげる。音が近いのに意味がまったく別方向で、県外の人がもっとも取り違えるポイントです。
「貸しちゃる」は「貸してあげる」、「買うちゃる」は「買ってあげる」、「言うちゃる」は「言ってあげる」。相手のためにする、という気持ちが入ります。これを「貸してある」と受け取ると、話が噛み合わなくなります。
混同しやすい3語を並べて整理する
| 語形 | 意味 | 例文 |
|---|---|---|
| しちゃある | している/してある(状態) | もう準備しちゃある |
| しちゃる | してあげる(相手のため) | 手伝うちゃる |
| しちゃった | 標準語。してしまった | (和歌山弁ではない) |
なお「〜ちゃる」には「〜しているらしい」といった伝聞寄りの使い方も報告されており、語形と意味の対応は話者や地域でゆれます。迷ったときは文脈で判断するのが実際的です。
しちゃあるが通じる範囲|紀北と紀南(御坊以南)の方言差
和歌山弁は県内で一枚ではありません。紀州弁は大きく紀北方言と紀南方言に分けられ、文法形式も境目で入れ替わります。「しちゃある」は紀北・紀中でよく聞かれる形で、御坊市より南の紀南地方ではあまり使われず「したある」に変わるとされています。
さらに南に行くと、継続の言い方そのものが別系統になり、「降りやる」「降っとる」といった形が優勢になる地域もあります。つまり、和歌山市で聞いた「しちゃある」をそのまま串本や新宮で使っても、通じはしますが「よそから来た人の言い方」に聞こえることがあります。
| エリア | よく使われる言い方 | 例 |
|---|---|---|
| 紀北(和歌山市・紀の川・岩出・橋本など) | 〜ちゃある/〜ちゃーる | 来ちゃある |
| 紀中(海南・有田・御坊周辺) | 〜ちゃある/〜たある(混在) | 来ちゃある・来たある |
| 紀南(田辺・白浜・串本・新宮など) | 〜たある/〜やる・〜とる系 | 来たある |
この境目はきれいな線ではなく、世代や家庭によっても違います。国立国語研究所「日本のふるさとことば集成〜近畿〜」には和歌山県田辺市芳養町で1981年に収録された談話が音声付きで公開されており、紀南の実際の話し方を耳で確かめることができます。文字情報だけで判断せず、音源に当たるのが確実です。

しちゃあるの成り立ち|「してある」から変化した近畿方言の形
語源をたどると、しちゃあるは「〜してある」が縮まった形と説明されます。「して+ある」→「したある」→「ちゃある」と音が詰まっていった流れです。
この「〜たある」系は和歌山だけのものではなく、大阪や京都でも「置いたある」「貼ったある」のように使われます。和歌山の特徴は、そこから一段進んで「ちゃある」という形になり、かつ使える範囲が広がったことです。他動詞・自動詞を問わず、無生物が主語の自然現象にも使える点が、近畿の他地域と違うところとして挙げられます。
方言の一次情報は県の公開資料で確かめられる
和歌山県は文化アーカイブとして和歌山の方言50音順を公開しています。「サイラ(さんま)」「イラチ(性急な人)」のような語彙が意味と用例つきで並んでおり、和歌山弁の全体像をつかむのに向いています。
ただしこの資料は語彙が中心で、「しちゃある」のような文法形式は収録されていません。語尾や活用のゆれについては公的な一覧が整っていないのが実情なので、地域差の線引きを断定せず「このあたりではこう言う人が多い」と幅をもって捉えるのが正確です。
しちゃあると一緒に覚えたい和歌山弁
しちゃあるが分かると、周辺の言い回しも一気に見えてきます。会話で頻度が高いものを挙げておきます。
- 〜ら:確認・勧誘。「行こら(行こうよ)」「そうやら?(そうでしょ?)」
- あがら:私たち。一人称の複数形で、和歌山を象徴する言葉のひとつ
- 〜やんか:強調・打ち消し。関西全域と共通だが和歌山では頻度が高い
- いこら/だんだか:ザ行がダ行・ラ行に寄る音の癖が出た言い方
- 〜ちゃって:「〜してね」。「見ちゃって(見てね)」のように依頼で使う
特に「〜ちゃって」はしちゃあると同じ「ちゃ」系で、依頼の形です。「見ちゃって」は「見てしまって」ではなく「見てね」なので、ここも取り違えやすい組み合わせです。
和歌山を旅行しながら耳で覚えたいなら、地元の市場や商店街が一番の教材になります。行き先は和歌山県公式観光サイト(公益社団法人和歌山県観光連盟)でエリア別に探せます。

しちゃあるの基本情報
| 語形 | しちゃある(〜ちゃある) |
|---|---|
| 読み | しちゃある/しちゃーる |
| 意味 | している・してある(動作の結果が続いている状態) |
| 品詞・用法 | 動詞の連用形に接続する補助的な言い方 |
| 主な使用地域 | 和歌山県の紀北・紀中(紀南では「したある」とされる) |
| 語源 | 「〜してある」の縮約形(近畿方言の「〜たある」系) |
| 混同しやすい語 | しちゃる(=してあげる)/しちゃって(=してね) |
| 方言区分 | 紀州弁(近畿方言) |
| 参考 | 和歌山県ふるさとアーカイブ「和歌山の方言」/国立国語研究所 方言談話データベース |
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よくある質問
しちゃあるはどういう意味ですか?
標準語の「している」「してある」に当たる和歌山弁です。動作が終わったあとの状態が今も続いていることを表し、「もう置いちゃあるで(もう置いてあるよ)」のように使います。「してしまった」という意味ではありません。
しちゃあると「しちゃる」は同じ意味ですか?
違います。「しちゃある」は「している・してある」、「しちゃる」は「してあげる」です。「貸しちゃる」は「貸してあげる」で、相手のためにするという気持ちが入ります。「ある」が入るかどうかが判別の目印です。
しちゃあるは和歌山県のどこで使われますか?
和歌山市を含む紀北や紀中でよく聞かれます。御坊市より南の紀南地方ではあまり使われず、「したある」に変わるとされています。ただし境目は明確ではなく、世代や家庭によっても差があります。
しちゃあるは関西弁ですか?大阪でも通じますか?
紀州弁は近畿方言の一つなので、広い意味では関西弁に含まれます。大阪や京都にも「置いたある」のような「〜たある」系の言い方があるため、意味は推測してもらえることが多いですが、「ちゃある」という形自体は和歌山的な言い方です。
しちゃあるは若い人も使いますか?
年配の方のほうが頻度は高い印象ですが、若い世代でも家族や友人との会話では自然に出てきます。ただし改まった場面や県外の人と話すときは標準語に切り替える人が多く、観光中に必ず耳にするとは限りません。
まとめ
- しちゃある=「している・してある」。済んだ動作の結果が残っている状態を表す和歌山弁
- 「しちゃる」は「してあげる」。1字違いで意味が変わるので「ある」の有無で見分ける
- 紀北・紀中が主な使用範囲で、御坊以南の紀南では「したある」とされる
- 語源は「〜してある」の縮約。近畿の「〜たある」系が和歌山で独自の形になったもの
- 自然現象や自動詞にも使えるのが和歌山らしい特徴
次は和歌山弁一覧で語彙をまとめて押さえ、和歌山弁クイズで覚えたかどうかを試してみてください。




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