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「和歌山弁に敬語はない」は本当?丁寧語・目上への言い方を県資料で検証

「和歌山弁に敬語はない」は本当?丁寧語・目上への言い方を県資料で検証

和歌山で買い物をしたら、店の人にタメ口で話しかけられて驚いた。そんな経験を持つ旅行者は少なくありません。
和歌山へ移住や転勤で来た人からも「職場で敬語を使うと逆によそよそしいと言われた」「和歌山弁に敬語はないと聞いたが、目上の人にどう話せばいいのか分からない」という声を耳にします。
実は、「和歌山弁に敬語がない」という言い方は、和歌山県自身が知事メッセージの中で「世間の評価」として取り上げるほど広く知られた通説です。
一方で、県の方言調査に収録された実際の会話を読むと、「ございます」「オーキニ」「ダンナサン」といった丁寧な言い回しがきちんと出てきます。
この記事では、県文化情報アーカイブ・知事メッセージ・大学の方言研究・文化庁「敬語の指針」という公的資料だけを根拠に「敬語がない」の本当のところを整理し、後半で旅行者・移住者向けの実用ガイドをまとめます。

地元民のひとこと:和歌山歴35年の感覚で言うと、「敬語がない」のではなく「敬語の代わりに距離を縮める言葉を先に出す」土地です。初対面の年配の方に「〜やしてよ」と柔らかく言われたら、それはもう相当に丁寧に扱われています。

「和歌山弁に敬語がない」という通説はどこから来たのか

結論から言うと、この通説は作家・司馬遼太郎の紀州論と、それを引き継いだ方言研究の記述が広まったものとされています。

司馬遼太郎は著書『この国のかたち』で「紀州方言には敬語がない」と述べ、その平等意識を明治初期の自由民権運動の思想背景として肯定的に評価した、とされています。
方言研究の側でも、楳垣実編『近畿方言の総合的研究』(1962年)や村内英一「和歌山県の方言」(『講座方言学7 近畿地方の方言』1982年)などで、紀州弁、とくに田辺・新宮など紀南の言葉について「他の方言に見られる敬語に相当する言葉が少ない」という特徴が指摘されてきたとされます。

行政側もこの評価を無視していません。和歌山県知事(当時)の平成20年5月のメッセージ「和歌山弁」では、世間で「和歌山弁は敬語がない。乱暴だ」と言われていることを認めたうえで、「文法的には敬語など少ししか使っていないけど、心温まる情感」があり、好意を持たれこそすれ嫌われることはないと述べています。
つまり県の公式な立場も「敬語形は少ない」という点は否定せず、「だから乱暴・失礼だ」という評価に反論している、という構図です。

和歌山市のシンボル・和歌山城の天守閣
写真: 663highland / Wikimedia Commons (CC BY 2.5)

和歌山県の方言調査で見る敬語の実際|昭和59年度・平成22年度

「敬語がない」を検証する一番確かな材料は、県が実施した方言調査の会話記録です。要点は「尊敬語・謙譲語の専用形は少ないが、丁寧な言い回し自体はある」という点に尽きます。

和歌山県文化情報アーカイブ「和歌山の方言」には、昭和59年度の和歌山県方言調査報告書に基づく「方言会話文8選」と、平成22年度の方言調査に基づく解説・地域別検索・50音順検索が公開されています。
会話文8選は、和歌山市「祝儀」、御坊市「物を借りる」「道案内」「おすそわけ」、新宮市「見送り」「訪問」、那賀「迎え」、田辺「備長炭の話」の8場面で、方言と共通語訳を対照できる構成です。

項目 内容
通説の出どころ 司馬遼太郎『この国のかたち』の紀州論、近畿方言研究(1962年・1982年)の記述とされる
県の公式見解 知事メッセージ(平成20年5月)で「文法的には敬語など少ししか使っていない」と認めつつ「乱暴」との評価に反論
一次資料 和歌山県文化情報アーカイブ「和歌山の方言」(昭和59年度調査の会話文8選、平成22年度調査の解説)
敬語の公的分類 文化庁「敬語の指針」(平成19年2月2日答申)の5分類:尊敬語・謙譲語I・謙譲語II・丁寧語・美化語
敬語形が少ないとされる地域 紀南(田辺・新宮など)で傾向が強いとされる。紀北は大阪との往来が多く共通語敬語が混じりやすいとされる
確認日 2026年9月27日(最新情報は各公式サイトでご確認ください)
和歌山県庁本館の外観
写真: 663highland / Wikimedia Commons (CC BY 2.5)

和歌山弁の丁寧語「〜です・ます」はどう使われているか

文化庁の「敬語の指針」では、敬語を尊敬語(いらっしゃる型)・謙譲語I(伺う型)・謙譲語II(参る型)・丁寧語(です・ます型)・美化語(お酒型)の5種類に分けています(文化審議会答申「敬語の指針」PDF)。
この分類で和歌山弁を見ると、「ない」と言われているのは主に尊敬語・謙譲語の方言専用形であって、丁寧語「です・ます」型は普通に使われていることが分かります。

県アーカイブの和歌山市「祝儀」の会話では、本家の長男の結婚祝いに訪れた客が「ゴザイマス」を使い、「ご馳走になろうか」「あがらしてもらおうか」と控えめに切り出しています。
新宮市「訪問」の会話でも、朝の訪問は「オハヨーゴザイマス」で始まり、相手を「ダンナサン」「オクサン」と呼び、物を頼むときは「オクレ」(ください)を使っています。
つまり「ございます」「ください」「〜さん」という丁寧語・美化語のレベルは、昭和59年度の調査時点ですでに会話の中に定着していたと読めます。

一方で「いらっしゃる」「召し上がる」「伺う」といった尊敬語・謙譲語の専用形は、これらの会話記録の中にはほとんど見当たりません。
代わりに主人側は「アガッテヨ」「クチツケテヨ」(口をつけてよ)と命令形に「〜よ」を添えて客をもてなし、「スマナンダヨー」「オーキニ」と何度も感謝を重ねています。
敬語の代わりに「感謝を繰り返す」「命令形+よ・よし で柔らかくする」が和歌山流の丁寧さだと考えると、会話の印象が大きく変わります。

新宮市の熊野速玉大社の社殿
写真: Gohachiyasu1214 / Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)

目上の人・お客さんへの言い方の実際|和歌山弁の待遇表現

目上への言い方を整理すると、和歌山では「敬語形を足す」より「関係を近づける言葉を足す」ことで敬意を表す傾向がある、とまとめられます。

和歌山市「祝儀」の会話で主人は、客に対して「タニンバッタヨナ コト センテヨー」(他人行儀なことをしないでよ)と声をかけています。
共通語の感覚では、客に「遠慮するな」と命令するのは失礼に見えますが、この会話では親戚という関係を強調して距離を縮めることが、最上級のもてなしとして機能しています。
新宮市「訪問」でも、昼間の訪問で「コノアイダ オーキニヨ」(この間はありがとう)、夜の訪問で「マー ユックリシテ」と相手をねぎらう言葉が並びます。

研究の側では、紀州弁に「〜はる」など近畿方言式の敬語形が存在すること、古い尊称「御前(おまえ)」が「おまん」「おまはん」の形で親しみを込めた二人称として残っていること、そして近年は場面によって共通語の敬語を使い分ける話者が増えていることが指摘されている、とされます。
「おまはん」は共通語の「お前」とはニュアンスが違い、年配の方が目上・目下を問わず使う柔らかい呼びかけです。旅行者がこの言葉を向けられても、見下されているわけではありません。

✓ ポイント和歌山弁の「敬意」は、尊敬語・謙譲語の形ではなく、「〜よ」「〜よし」「〜やしてよ」の柔らかい語尾、「オーキニ」の繰り返し、「ダンナサン・オクサン」の呼称に乗っています。語尾と呼称を聞き取ると、相手がどれだけ丁寧に接してくれているかが分かります。

なぜ和歌山弁は敬語が少ないとされるのか|研究で語られてきた背景

「なぜ」については確定した定説がなく、この記事でも断定はしません。ただし、方言研究でどのように語られてきたかは整理できます。

静岡大学学術リポジトリで公開されている熊谷滋子「方言敬語の語られ方と近代主義:方言研究にみる近畿中心主義」(静岡大学人文社会科学部・2020年公開PDF)によれば、日本の方言研究では「敬語形式の発達度は西に高く東に低い」(芳賀綏1973)、「身内尊敬表現をもち敬語システムが発達しているのは西日本」(小林・澤村2014)という「西高東低」の見方が広く共有されてきました。
この見方に立つと、近畿圏にありながら敬語形が少ないとされる紀州弁は、目立つ例外として語られやすい位置にあります。同論文はまた、方言話者を「素朴・単純率直」と見る研究者側の発想を批判的に検討しており、「敬語がない=素朴で乱暴」という短絡は研究の側でも見直されつつあることが分かります。

俗説としてよく挙げられるのは、「みんな平等」という意識が根付いているから、農業・漁業が中心で上下関係の厳しい職場が少なかったから、司馬遼太郎が自由民権運動の土壌と結びつけたから、といった説明です。
いずれも「〜とされる」レベルの説明であり、県の公式資料が原因を断定しているわけではありません。読者の方も、和歌山の人に理由を尋ねるときは「そう言われていますよね」くらいの温度感で話すのが無難です。

田辺市の扇ヶ浜と紀南の海岸
写真: Vanquish0 / Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)

旅行者・移住者のための実用ガイド|和歌山で敬語はどう使えばいい?

結論は「共通語の丁寧語(です・ます)で話せば十分。相手がタメ口でも失礼と受け取らず、こちらは徐々に語尾を柔らかくしていく」です。場面別に整理します。

お店・宿で店員さんにタメ口で話しかけられたとき

知事メッセージが「にこにこしながら和歌山弁でゆっくり話す」年配の女性を例に挙げているとおり、タメ口に近い和歌山弁は「客を身内扱いしている」サインであって、軽んじているサインではありません。
こちらは普段どおり「〜です」「ありがとうございます」で返せば問題ありません。「オーキニ」と言われたら「こちらこそ」で十分です。

職場・取引先で目上の人と話すとき

移住者・転勤者がいちばん迷う場面です。県アーカイブの会話記録が示すとおり、和歌山の人自身も「ございます」「ください」「〜さん」は使っています。
したがって共通語の敬語をそのまま使って浮くことはありません。ただし「伺います」「拝見しました」など謙譲語を重ねすぎると、「他人行儀」と受け取られることがある、というのが地元の感覚です。
おすすめは、丁寧語(です・ます)を土台にして、慣れてきたら「〜やしてよ」「〜してよし」のような柔らかい依頼形を真似すること。これは和歌山弁の中では十分に丁寧な言い方です。

接客・営業で和歌山の人を相手にするとき

文化庁「敬語の指針」は、敬語の基本を「相互尊重」と「自己表現」に置き、マニュアルの言葉遣いを唯一絶対とする態度を避けるよう求めています。
和歌山の知事メッセージも「標準語のマニュアルどおりでも、心がこもっていなければ好感は持てない」と述べており、両者の方向性は同じです。
具体的には、マニュアル敬語を崩す必要はありませんが、相手が「〜やろ?」「〜してよ」と話してきたら、それに合わせて表情と間を柔らかくする方が、言葉遣いを整えるより信頼につながります。

覚えておくと安心な和歌山弁の丁寧な言い回し

和歌山弁 意味・ニュアンス 使う場面
〜やしてよ/〜してよし 〜してくださいね(柔らかい依頼) 目上・客への頼みごと
オーキニ(よ) ありがとう(繰り返して感謝を強める) お礼全般
ダンナサン/オクサン ご主人/奥様(訪問先への呼称) 家庭・商店への訪問
おまはん/おまん あなた(親しみのある二人称) 年配の方が使う。返す必要はない
〜ございます 共通語と同じ丁寧語 改まった挨拶(会話記録にも登場)

語彙の全体像は、和歌山弁一覧で確認できます。聞き取りに慣れたい方は和歌山弁クイズも役立ちます。

和歌山市の商店街ぶらくり丁
写真: Tokyo-Good / Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)

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よくある質問

和歌山弁には本当に敬語がまったくないのですか?

まったくないわけではありません。和歌山県文化情報アーカイブの方言会話文には「ございます」「ください(オクレ)」「ダンナサン」など丁寧語・美化語・敬称が登場します。少ないとされるのは「いらっしゃる」「伺う」のような尊敬語・謙譲語の方言専用形で、その代わりに柔らかい語尾や感謝の繰り返しで敬意を表すのが特徴です。

和歌山の人はなぜ敬語を使わないと言われるのですか?

「みんな平等」の意識が根付いているから、上下関係の厳しい職場が少なかったから、司馬遼太郎が自由民権運動の土壌として紹介したから、などの説明が広まっていますが、いずれも「〜とされる」レベルの俗説です。県の公式資料は理由を断定しておらず、方言研究でも「西日本は敬語が発達している」という通説の中の例外として語られてきた、という位置づけです。

和歌山で仕事をするとき、共通語の敬語を使うと浮きますか?

浮きません。丁寧語「です・ます」は和歌山の人も日常的に使っています。ただし謙譲語を重ねすぎると「他人行儀」と受け取られることがあるので、丁寧語を土台にし、慣れてきたら「〜やしてよ」「〜してよし」のような柔らかい依頼形を取り入れると距離が縮まります。

店員さんにタメ口で話されたのは失礼な扱いですか?

いいえ。和歌山県知事(当時)のメッセージも、和歌山弁でゆっくり話す接客について「文法的には敬語など少ししか使っていないけど、心温まる情感」があると述べています。客を身内のように扱う言葉づかいで、軽んじる意図はありません。

紀北と紀南で敬語の使い方は違いますか?

敬語形が少ない傾向は田辺・新宮など紀南で強いとされます。和歌山市など紀北は大阪との往来が多く、「〜はる」などの近畿方言式敬語や共通語の敬語が混じりやすいとされます。ただし話者の年齢や場面による差も大きいため、地域だけで決めつけない方が無難です。

まとめ|「和歌山弁に敬語がない」は半分本当、半分誤解

まとめ

  • 「敬語がない」は司馬遼太郎の紀州論と方言研究から広まった通説で、県知事メッセージも「敬語形は少ない」点は認めている
  • 県の方言調査の会話記録には「ございます」「オクレ」「ダンナサン」「オーキニ」が登場し、丁寧語・敬称は使われている
  • 少ないのは尊敬語・謙譲語の専用形。代わりに柔らかい語尾と感謝の繰り返しで敬意を表す
  • 原因の説明は「〜とされる」レベルの俗説で、公的資料は断定していない
  • 旅行者・移住者は共通語の丁寧語で十分。タメ口は身内扱いのサインで、失礼ではない

言葉の中身をもっと知りたい方は、和歌山弁一覧と和歌山あるあるもあわせてどうぞ。


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