棚に並べた本や打ち込んだネジを見て、和歌山の人が「それ、いがんどるで」とひと言。初めて聞くと何を指摘されたのか分からず、聞き返すタイミングも逃してしまう——和歌山弁の中でも、そんな「惜しい誤解」が起きやすいのが「いがんどる」です。
この言葉を調べる人の多くは、和歌山出身の家族や同僚、取引先との会話で出てきたのに、その場で意味を確認できなかった方です。やっかいなのは、「いがんどる」をそのまま辞書で引いても載っていないこと。載っているのは原形の「いがむ」の方で、そこにたどり着けないと迷子になります。
さらに意外なのは、いがんどるが和歌山だけの言葉ではないという点です。語形としては西日本の広い範囲で使われ、しかも和歌山県内でも紀北・紀中・紀南で言い方が分かれます。この記事では、いがんどるの意味と語源、いがんでるとの違い、県内の地域差、そのまま使える例文と使い方の注意点までまとめました。最後のよくある質問では「人に対して使ってもいいのか」という、知らないと失礼になりかねない点にも触れます。
和歌山で暮らしていると、いがんどるは観光案内より先に現場で覚える言葉です。大工さんや農家さん、学校の先生まで、まっすぐでないものを見たときはまず「いがんどる」。標準語の「歪んでいる」より語感が軽く、注意されているのか笑われているのか分からない——そこが県外の人がつまずく一番の理由だと思います。(監修:中島大輔/和歌山歴35年)
いがんどるの意味は「歪んでいる・曲がっている」
結論から書くと、いがんどるの意味は「歪んでいる」「曲がっている」「傾いている」です。まっすぐ・水平・垂直であるべきものが、そうなっていない状態を指します。対象はネジ・机・額縁・自転車のかご・歯並び・字の並びなど、形のあるものが中心です。
標準語に置き換えるときは、ひとつの訳語に固定しないほうが自然になります。板なら「反っている」、写真や絵なら「傾いている」、針金やネジなら「曲がっている」、全体の形が崩れているなら「歪んでいる」。和歌山弁ではこれらをまとめて1語でまかなうため、訳すときに幅が出るわけです。
原形は動詞「いがむ」
いがんどるは、動詞「いがむ」が変化した形です。いがむはマ行五段活用の動詞で、辞書では「ゆがむ」と同じ意味をもつ古語・方言として扱われています。活用すると次のようになります。
- いがむ(曲がる・歪む)
- いがんだ(曲がった)
- いがんどる/いがんでる(曲がっている=いまその状態)
- いがませる(曲げてしまう)
つまりいがんどるは、「いがむ」の結果がいま続いている状態を表す言い方です。検索して出てこないときは「いがむ」で引き直すと一気に解決します。
「いがんでる」との違いは語尾だけ
よく一緒に調べられる「いがんでる」も、意味はいがんどるとまったく同じです。違うのは「〜どる」か「〜でる」かという語尾だけで、これは次に説明する「〜ておる」系か「〜ている」系か、という文法の違いに対応しています。

いがんどるの語源は「ゆがむ」+「ておる」
いがんどるは、意味不明な造語ではなく、2つの古い日本語が合体した結果です。分解すると「いがむ(←ゆがむ)」+「ておる」で、どちらも標準語の歴史の中にある形です。
「ゆがむ」が「いがむ」になった
いがむは、古典日本語の「ゆがむ」に由来するとされています。語頭の「ゆ」が「い」に変わった形で、同じ漢字「歪む」を「いがむ」と読む用法も残っています。「ゆがむ」「いがむ」「ひずむ」はいずれも歪みを表す語で、このうち「いがむ」が西日本で生活語として生き残った、という位置づけです。
語ごとに「どの言い方がどこで使われているか」を地図にした資料としては、国立国語研究所の『日本言語地図』地図画像や『方言文法全国地図』が公開されています。方言の分布を自分で確かめたい方は、同研究所の方言研究室のページから入るのが早道です。
「〜とる/〜どる」は「〜ておる」の縮約
後ろの「〜どる」は、標準語の「〜ている」にあたる部分です。関西から西の広い地域では、「〜ている」ではなく「〜ておる」系が使われ、これが縮まって「〜とる」になりました。
- いがみ+ておる → いがんどる
- いがみ+ている → いがんでる
「とる」が「どる」と濁るのは、直前が撥音「ん」だからです。「読んどる」「歩いとる」と同じ仕組みで、和歌山弁に限った変化ではありません。いがんどるは「歪んでおる」の和歌山版と理解すると、一気に腹落ちします。
いがんどるが使われる地域|和歌山県内でも紀北・紀中・紀南で違う
和歌山弁は県内一律ではありません。和歌山県は行政の資料でも紀北・紀中・紀南という地域区分を使っており、言葉の面でも同じ線で分かれます。紀州弁の記述では、「〜している」にあたる継続の言い方が地域ごとに違うことが知られています。
| 地域 | 継続(〜している)の主な言い方 | 「降っている」の例 |
|---|---|---|
| 和歌山市・海草郡・那賀郡(和歌山市・海南市・紀の川市・岩出市ほか) | 〜てる | 降ってる |
| 伊都郡ほか県東部(橋本市・かつらぎ町・九度山町・高野町ほか) | 〜とる/〜どる | 降っとる |
| 有田郡以南(有田市・御坊市・田辺市・新宮市ほか) | 〜やる/〜ちゃーる | 降りやる・降っちゃーる |
この分布をいがんどるに当てはめると、「いがんどる」の形が出やすいのは橋本市・かつらぎ町など紀北東部、和歌山市周辺では「いがんでる」、紀中から紀南では「〜やる」「〜ちゃーる」系の言い方が混ざる、という見通しになります。ただし語尾は個人差・世代差も大きく、同じ市内でも人によって揺れます。実際にどの形が使われているかは、現地で耳で確かめるのが確実です。
なお紀州弁には、ザ行・ダ行・ラ行が混ざりやすいという有名な特徴もあります。「全然」が「でんでん」、「座布団」が「だぶとん」になる、あの話です。いがんどるを聞き取れるようになると、この音の癖にも気づきやすくなります。

いがんどるの使い方|そのまま使える例文
意味が分かっても、使う場面が分からないと会話では出てきません。実際に和歌山でよく登場するパターンを、標準語訳と一緒に整理します。
| 和歌山弁 | 標準語訳 | 使う場面 |
|---|---|---|
| この机、いがんどるな | この机、歪んでいるね | 家具・建具 |
| ネジがいがんどるで | ネジが曲がっているよ | 作業・DIY・現場 |
| 写真、ちょっといがんどらん? | 写真、少し傾いていない? | 額縁・掲示物 |
| 自転車のかご、いがんでしもた | 自転車のかごが歪んでしまった | 日常のトラブル |
| 字がいがんどるけど読めるわ | 字が曲がっているけど読めるよ | 手書き・書類 |
語尾をさらに変化させる言い方もあります。「〜ねん」「〜なあ」で受けるときは「る」が「ん」になまって「いがんでんねん」「いがんでんなあ」となります。慣れてくると、この崩し方のほうが耳に残るはずです。
逆に、県外の人がいきなり使うなら「いがんどるな」を単独で言うのがいちばん安全です。否定形や疑問形は語尾の変化が複雑で、不自然になりやすいからです。
「いがんどる」は和歌山弁だけではない|西日本に広がる分布
和歌山弁として紹介されることが多い言葉ですが、「いがむ」系の語形自体は和歌山の専売特許ではありません。方言辞典や各地の方言紹介では、東は岐阜・愛知あたりから、西は鳥取・広島、さらに四国・九州の一部まで使われていると説明されています。関西圏でも大阪・兵庫・京都で「いがんでる」が通じる場面は珍しくありません。
では、なぜ「和歌山弁」として検索されるのか。理由は和歌山では語尾が「〜どる」になって耳慣れない形に変わること、そして日常会話での使用頻度が高く、標準語に置き換えずそのまま出てくることです。大阪で「いがんでる」と聞けば関西弁の一種として流せても、「いがんどる」になると初耳に聞こえる——これが検索のきっかけになります。
こうした地域語がどう残り、どう失われていくかは国の施策でも扱われていて、文化庁は国語施策の一環として危機的な状況にある言語・方言の実地調査を進めています。いがんどるのような生活語は、記録より先に使われ続けているうちに覚えるのがいちばんです。

いがんどるを使うときの注意点|人に向けると意味が変わる
ひとつだけ気をつけたいのが、人に対して使うと「性格が歪んでいる」という悪口になることです。「あいつ、ほんまに性格いがんどる」は物の形の話ではなく、人格批判になります。
もう1点、ビジネスの場では和歌山弁の語尾をそのまま真似しないほうが無難です。方言は距離を縮める道具ですが、取引先に対して慣れない語尾で使うと、からかっているように受け取られることがあります。意味を理解して正しく受け取れる、それだけで十分に会話は回ります。
似ているけれど意味が違う語
- いがみあう…「歪む」ではなく「くってかかる・反目する」。もともと別語源の「啀む」系で、標準語にもある言い方です。
- ひずむ…同じ「歪む」と書きますが、機械や音の歪みなど技術的な文脈で使われます。
- いがます…「曲げる」の他動詞側。「いがましてしもた(曲げてしまった)」のように使われます。
いがんどるの基本データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み | いがんどる |
| 意味(標準語訳) | 歪んでいる/曲がっている/傾いている |
| 原形 | いがむ(マ行五段活用。古語・方言で「ゆがむ」と同義) |
| 成り立ち | いがむ+「〜ておる」の縮約「〜とる」→撥音の後で濁り「〜どる」 |
| 同義の言い方 | いがんでる/いがんでんねん/いがんでんなあ |
| 和歌山県内で出やすい地域 | 紀北、とくに橋本市・かつらぎ町など県東部(個人差・世代差あり/要確認) |
| 和歌山以外の使用地域 | 近畿一帯のほか東海〜中国・四国などの西日本各地(「いがんでる」の形が中心) |
| 使用上の注意 | 人の性格に対して使うと悪口になる |
| 方言分布を調べる | 国立国語研究所 方言研究室 |
| 和歌山の観光情報 | 和歌山県公式観光サイト(和歌山県観光連盟) |
和歌山弁をもっと知るなら
いがんどるが分かると、和歌山弁の語尾の仕組みがまるごと見えてきます。あわせて読むと理解が早い記事を3本挙げます。
- 和歌山弁一覧…「〜やしてよ」「どてらい」など、地元民が実際に使う方言と意味をまとめています。
- あがら 意味…一人称「あがら(私たち)」の由来と「わがら」との違い。いがんどると並んで県外の人がつまずく語です。
- 和歌山弁クイズ…30問で腕試し。意味を覚えたらここで確認すると定着します。

よくある質問
いがんどるは和歌山弁ですか?
和歌山弁(紀州弁)として使われていますが、和歌山だけの言葉ではありません。原形の「いがむ」は古語「ゆがむ」に由来する語で、近畿一帯から東海・中国・四国にかけての西日本各地で使われていると説明されています。和歌山で特徴的なのは、語尾が「〜ておる」系から来た「〜どる」になる点です。
いがんどるといがんでるはどちらが正しいですか?
どちらも正しく、意味も同じ「歪んでいる」です。「〜どる」は「〜ておる」、「〜でる」は「〜ている」から来た形で、和歌山県内では和歌山市周辺が「〜てる」、橋本市などの県東部が「〜とる/〜どる」になりやすいとされています。
いがんどるは人に対して使えますか?
使えますが、意味が変わります。人に向けると「性格が歪んでいる」という人格批判になるため、覚えたばかりの段階では物や形に対してだけ使うのが無難です。
いがんどるの反対の言い方はありますか?
「いがんでない」「まっすぐ」で通じます。和歌山弁らしく言うなら「いがんでないで(歪んでいないよ)」という形になります。
和歌山弁は和歌山県全域で同じですか?
同じではありません。和歌山県は紀北・紀中・紀南に分かれ、言葉も同じ線で変わります。とくに「〜している」にあたる継続表現は、紀北の「〜てる/〜とる」と紀中・紀南の「〜やる/〜ちゃーる」で大きく違います。
まとめ
- いがんどるの意味は「歪んでいる・曲がっている・傾いている」。原形は動詞「いがむ」
- 語源は古語「ゆがむ」+「〜ておる」。「〜ておる」が縮んで「〜とる」、撥音の後で「〜どる」に濁る
- 「いがんでる」と意味は同じ。違いは語尾だけで、地域差・世代差による
- 和歌山県内では紀北東部で「いがんどる」が出やすく、紀中・紀南は「〜やる」「〜ちゃーる」系が優勢
- 人に向けると「性格が歪んでいる」の悪口になるので、物や形に対して使う
次は和歌山弁一覧で語尾のバリエーションをまとめて押さえ、和歌山弁クイズで定着させるのがおすすめです。





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